昨日の秘密の裏に隠れてたのむけんの本当の気持ち ー本当は堂々と生きたいー

おはようございます、のむけんです。

 

前回の投稿で秘密を公開したわけだけど、いい意味でも悪い意味でも特段いつもと変わった反響はなくてホッとするやら拍子抜けするやらといった感じでした。

ただ投稿ボタンを押してから、激しい悪寒と変な汗と体の震えが止まらなくて目もなんか焦点が合わないし地に足が付いて無いような感じで、昨日は生きた心地がしませんでした。

なんか昨日は「これで僕の人生は詰んだ」みたいに思って、超えてはいけない一線を越えてしまった感が強かった。

これから僕はどうやって生きたらいいんだろう、そんな絶望感もありました。

 

 

今も頭はボーっとしていますがボーっとしながらも自分を掘っていくと、あの秘密にいろんな感情がこびりついてたんだと思います。

真っ先に出てきたのは恥ずかしい気持ち。

ただばんちゃん曰く、恥ずかしいは感情じゃない、らしいのでさらに掘ってみました。

 

思えばのむけんは弟が生まれた4歳ぐらいの時から「僕はいらない」って思いを持ち始めました。

そんな僕は次第にひねくれ素直じゃない子に成長したんだと思います。

小さい弟の方に手がかかるのもあっただろうし、ひねくれたのむけんよりも素直な弟の方が接しやすいというのもあったかもしれません。

僕は僕で親を喜ばせたい、親の役に立ちたいって思いはあったけど、僕から見たら弟の方がはるかに親を喜ばせていたし役にも立っているように見えました。

そんな弟が成長するにつれ「弟に比べたら僕は役立たずなんだ。欠陥品なんだ」って思うようになったんだと思います。

 

弟は自由な奴で親の言いつけは守らないし、小学生ぐらいの時に親のお金を盗んだりもしていました。

もちろん親には怒られるんだけど結局それでも許されて、親の言う事を聞かないと愛されないと思っていた僕には、弟の方が愛されていると感じたし、次第に「僕は愛されるに値しない」と思い込むようになったような気がします。

 

前回公開した秘密は僕が40数年かけて集めに集めた「僕はいらない」「僕は欠陥品」「僕は愛されるに値しない」を裏付ける確固たる証拠の数々なんだと思います。

 

人によっては「大した秘密じゃないじゃん」と思った方もいるかもしれません。

でも僕にとってはあの秘密は「僕はいらない」「僕は欠陥品」「僕は愛されるに値しない」の証拠品で、それを公開するってことは「僕はいらない」「僕は欠陥品」「僕は愛されるに値しない」を認めるようで結構つらい事でした。

 

裏を返すと自分で思い込んでおきながらなんですが。。。僕の中にはあれだけの証拠品を突き付けれても「僕はいる」「僕は欠陥品じゃない」「僕は愛されるに値する」と思ってるんでしょうね。。。

さらに言うと僕は「居場所が欲しい」「認めて欲しい」「愛されたい」みたいです。

 

欲しいものは欲しい、大口を開けて欲しいものを取りに行こう

 

 

 

本当に認めたくなかったのはむしろこっちかもしれません。

「あなたがいなくてもいい理由、欠陥品な理由、愛されない理由は数々の証拠があることからも明らかです。即刻この世界から退場してください」と突き付けられてるのに、それを押してなお僕の本心は「いていいでしょ?認めてもらってもいいでしょ?愛されていいでしょ?」って必死に食い下がっていて、そんな厚かましい自分も自分の本心も認めたくなかったみたいです。

 

クールな顔して大丈夫を装って一人が大好きと孤独ぶってるけど、本当の僕は寂しくて寂してくて寂しくて仕方なくて、悲しい思いをいーーーーっぱい引きずってるんだと思います。

 

僕には寂しい気持ちも悲しい気持ちも愛されたい気持ちもないと思ってた。

そんな寂しい、悲しい、愛されたいを認めるのが怖かった。

それを出して拒絶されるのが怖かった。

 

 

居場所が欲しくて仕事先を変えても居場所はなくて、拒絶されるぐらいならこっちから去ってやると言ってやめてきた。

認めて欲しいと思っていろんなことが出来るようになったけど、どれも中途半端で「欠陥品なのは解ってるから責めないで」って自分で引っ込めてきた。

愛されたいと思ってお金を稼いだり役に立とうとしたりしたけど、怖くて愛を受け取り拒否してきたし、お金至上主義になったり出来るやつが偉いみたいに思ってきた。

 

 

居場所が欲しい、認めて欲しい、愛してほしいけどひっそりとでいいしそれぐらいでも自分にはもったいないぐらいだと思ってた。

認めて欲しい、注目してほしい、愛してほしいを出すとむしろ愛されなくて傷つくから、ひっそり作戦で生きてきた。

 

 

昨日、そして今も感じてる「人生詰んだ感」はそんなひっそり作戦で生きてきたこれまでの僕の人生が終わった合図だったのかもしれません。

まだまだ納得できてないし腑に落ちないけど。。。

でも僕の中に寂しくて悲しくて愛されたい僕がいるのは紛れもない事実です。

 

ぼくの「周り」にあるいなくていい、欠陥品、愛されない証拠。

僕の「中」にある寂しい気持ち、悲しい気持ち、愛されたい気持ち、そしてそして本当は堂々と生きたい気持ち。

 

秘密をカミングアウトすることは本当にバンジーだったけど、自分の中にあるものを優先して生きること、これの方がはるかにバンジーです。

そんな資格も勇気もあるのかわからないけどこれからは僕の中にある寂しい気持ち、悲しい気持ち、愛されたい気持ちを優先して生きたいと思った台風一過の朝でした。

 

 

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