母から謝罪の手紙が来た! 

こんばんは、のむけんです。

 

先日母から手紙が来ました。

中身を見るまで色々な考え、思いが去来しました。

 

ついに絶縁状か?

祖母か父の具合が悪いのか?

何か悪いことでもあったのか?

そんなネガティブな考えが頭の中をめぐり、悲しい気持ち、安堵する気持ち、不安な気持ち、複雑な思いが目まぐるしく錯綜しました。

まずは落ち着こうと1本タバコを吸って封を開けました。

中には手書きではない文字が並んだコピー用紙が1枚入っていました。

ますます嫌な予感!

折りたたまれたコピー用紙を思い切って開きました。

 

 

出だしは甥っ子が高校受験を控え多くの問題に直面してるとの事。

「なんだ!甥っ子の相談に乗ってやってくれって言う頼み事か!」

そう思いました。

 

弟はすごくのむけんの事を思っていてくれる優しい弟です。

その子供である甥っ子たちも可愛いですし大好きです。

でも今の僕は他人の事、ましてや家族の心配をしている余裕はないしごたごたに巻き込まれるのもまっぴらです。

 

思えば両親からはいつも頼まれ事をされてきました。

新しいブルーレイレコーダーを買ったから配線して欲しい

パソコンを買ったから設定してほしい、操作方法を教えて欲しい

車、パソコンの調子が悪いから見て欲しい

弟家族と旅行に行くけど、ペットをホテルに預けたくないから預かって欲しい

そんな頼まれ事をしょっちゅう受けてた気がします。

 

頼まれごとをされると必要とされてる様で嬉しいのと同時に、それを断ると嫌われるんじゃないか?そんな思いもあって今までは引き受けてきました。

で、その後に要らなくなったお古は弟のところに、と言うのがのむけんの記憶ではお決まりのパターンでした。

のむけんとしては「俺には設定だけやらせてあとは用済みか!」って毎回嫌な思いをしました。

今冷静に考えるとのむけんもお古を貰う事もあったし、設定やメンテナンスと言う口実でしかのむけんと関われなかった両親(特に父)の不器用さだったのかなと思うことは出来ます。

ただ気持ちとしては両親の頼みごとに悪い感情が紐づけされてるので、この手紙の出だしを読んで「また頼み事か!しらんがな」と拒否反応が出ました。

 

落ち着こうと次のタバコに火をつけます。

タバコのお陰で深く息を吸って、手紙の続きを読み進めます。

そこには毎年受験シーズンにはのむけんの高校受験の事を思い出して辛い気持ちと後悔の念がある事。

そして今甥っ子の受験を見てのむけんの高校受験のときと記憶がダブリ今まで以上に辛い事。

父の意見に不安や意義があったものの言い出せず、父の意見通りにのむけんの進路を決め無理な受験をさせ、貴重な楽しいはずの高校生活を奪ってしまったと謝罪の言葉が有りました。

 

正直読んだ瞬間ちょっと泣きました。

これまでいろんな問題がのむけんに有って、その根っこは親との事、親に愛された感がない事、親に怒りを持っている事だと思っていました。

だから何とか親を赦したかったし、親と和解して、出来たら親に謝罪してもらいたいと思っていた。

 

手紙を読んだ時、その瞬間が来た!と思いました。

「これはついに引き寄せたのか?」とも思いました。

反射的に「もう済んだことだし気にしてない。もう僕は大丈夫だし気にしてないし毎年受験シーズンの度に心を痛めるなんてやめて、お母さんはお母さんの人生を楽しんで」そうLINEしそうになりました。

 

でもちょっと冷静に考え、これで母とのLineのやり取りが復活すると思うとためらう自分がいました。

 

 

何をためらっているのだろう?

 

 

これでやり取りが復活して煩わしくなる事。

もちろんこれも凄く嫌です。

 

でも考えるとそれ以上に嫌なのは

「あ、気にしてないならもう気にしない」とそっぽを向かれる事かもしれないと思いました。

母を赦せていない、それは事実あります。

その裏にはのむけんは被害者で居たい、いつまでもいつまでも「お前たちのせいで俺の人生台無しだ!」と両親を恨み、両親からは憐れみの目線、同情、懺悔の気持ち、そんなものを注いでもらえるのむけんで居ることで、関心を引きたい、どこか優位な立場で居たいんだ!と気づきました。

 

こうやって文章にすると考えてる時以上に子供っぽさ、幼稚な考えに固執してることが露わになって恥ずかしいけど、それはそれでのむけんが感じてる素直な気持ちです。

どうしてもこの気持ちを押し殺して母にLineすることが出来なかった。

 

また、この投稿は数日前から書いているのだけどなかなか考えがまとまらなくて、気持ちも動揺してしまって書き上げてアップするまでに時間がかかってしまった。

この手紙にどう対処して良いのか?

謝られてしまったことで怒りの矛を向けずらくなった。

細かいことだけど謝って欲しいポイントが違っていて「違うー」って言う気持ちもあって、「結局は解ってない」って言う新たな怒りと同時に寂しい気持ちが生まれたし、「赦してなるものか」って言う気持ちも湧いてしまって、その気持ちをどう処理したらいいのか凄く悩んだから。

 

慌ただしい平日はその気持ち、考えを整理することも折り合いも付けることも出来なかった。

週末を迎え平穏を取り戻し、今日横浜でみわちゃんのENMAカードのセッションを受けてだいぶ気持ちがフラットになった。

上記の気持ちの深掘りはセッション後にやっと言語化出来たこと。

また今日一緒に横浜に行ってくれた友人から「Lineじゃなくて手紙だけでも出したら」とアドバイスを貰ったことで行動の方向性も見えてきた。

 

「大丈夫、気にしてない」と言うのはムリしてるしやせ我慢。

正直まだ赦してないしバリバリ気にしてる。

恥ずかしくもあるけど、そこはのむけんの正直な気持ちなので、母にはまだ言えません。

 

Lineをすることも「母に早く連絡してあげて楽になって欲しい」って言うちょっと自己犠牲な考え。

なのでLineはやめることにしました。

 

ただ「毎年受験シーズンの度に心を痛めるなんてやめて、お母さんはお母さんの人生を楽しんで欲しい」と言うのは本心です。

平日は「まあ、母がどう生きようが良いか?」と思っていたけれど、のむけんはそこまでドライじゃないし出来ればこの気持ちは伝えたい、伝えないと後悔すると思った。

手紙ならLineよりは距離感を保ちながら気持ちを伝えれると思うので母には早々に手紙を出そうと思います。

 

 

なんやかんやここ数日、母の手紙で感情をかき乱され気分も沈んでいたけれど、お陰で色々深く自分の気持ちを掘ることが出来た。

出てきた気持ち、感情、思いはまだまだ幼稚でいろいろ執着もあって、嬉しいものでも誇らしいものでもなかったけれどまずは自分の気持ちに気付くことから。

そう考えたら貴重な時間を過ごせたのかもしれない。

みわちゃん、今日一緒に横浜に行ってくれた友人、そして母にもありがとう。