決定的に拗らせた原因となった親のノンポリ

こんばんは、のむけんです。

 

両親の希望は学区内上位3位以内の公立高校、僕の学力は4位から5位の学校が妥当と言う状況の中、最終的に3位の高校を受験することが決まりました。

前回も書いた通り「公立以外は行かなくていい」と言う両親なので滑り止めなしの一発勝負です。

でも受かる気がしなかったし全く自分の状況や気持ちは無視されての志望校だったので本当にやる気が出ませんでした。

とにかくこの受験と言うものが終わるのをただじっと待っていました。

で、試験当日、出された問題には真剣に向き合いましたが手ごたえはなかったような記憶があります。

しかし、やっと終わりました。

それからの数日は本当に解放された数日でした。

そして雪が降る中合格発表、当然ですが受かってるわけないです。

ボードを見て自分の受験番号がないのを確認して、急に我に返りました!

「この先どうなるんだろう!」って。

今思うと「どうしよう」じゃないところがミソですよね。

どうなるんだろうと自分の事なのに自分にはコントロールできない物としてあれこれ思いを巡らしながらも「これはかなりヤバイ状況だ」と逃げ出したい気持ちで学校に向かい先生に報告をしました。

そして帰宅し両親に報告、父からは怒りのマグマが噴出してるのが見えました。

で「お前は本当にどうしようもないな。もう知らん。すぐに働け」と言われました。

 

今の僕なら「ほーい、働きまーす」ってところなんですけど、当時の僕としてはそんなことを言われた時点で「両親に見捨てられる」って半ばパニックでしたし「中卒で働くなんてもう終わりだ!」くらいの心境でした。

頭を下げて「せめて高校には行かせて下さい」と頼みました。

それで父は「仕方ないな」みたいな感じになったのですが、今度は母が「一回言ったんだからもう働きに行かせるべきよ」みたいに父に怒ってるんだか僕に怒ってるんだかわからないことを言い出しこの家に僕の味方は居ないなと絶望したのを覚えてます。

それでもなんとか高校には行かせてもらえる事にはなり先生に相談したのですが、さすがにどこの高校も試験が終わった後です。

先生が提案してくれたのは二次募集を行っている数校でした。

要は志望者が少なく定員割れした人気のない学校です。

「もう、この中から選ぶしかないねぇ」と先生。

どれも聞いたことのない校名だったのでこれはどんな高校なんですかと聞くとどれも県のワーストを争う学校でした、いろんな意味で。

その中から1番怖い人が少なそうな学校を選び受験する事にしました。

中学校の卒業式の翌日、周りの同級生は浮かれている中1人試験に向かいました。

周りは本当にガラの悪い人たちばかり、人見知りのお坊っちゃまな僕には場違いな雰囲気の中試験、しかしこちらはなんとか無事に合格しました。

 

高校生になった僕はバイトをしたかったのですが「学生の本分は勉強だからバイトは許さない」と言われてしまいます。

そして16歳になった僕はバイクにも乗りたかったのですがこれも反対されました。

どうしてもバイトしてバイクを買いたかった僕は黙ってバイトし、免許を取って、バイクを買いました。

これが僕の中でのささやかな反抗期だったように思います。

当然途中でばれてるんですがそこは黙認してくれました。

 

そんなこんなで僕も高校2年生、同時に弟は中学2年生で高校受験の準備の時期を迎えます。

当然僕の時のように弟も上位3校、滑り止めなしかと思ったのですが。

両親は弟も交えて高校のパンフレットを集め「お前に向いてる学校はどこなんだろう」と食い入るようにパンフレットを見ていました。

で、最終的に「あの子はのびのびした校風のこの学校が良いんじゃないか」だの「大学の付属校で高校生活を楽しんで欲しい」だの言ってやがって、結局私立の高校を志望する事になりました。

しかも公立高校は滑り止めとして受けてです。

僕からしたら「この違いは何?あのポリシーはなんだったの?」です!

しかも弟が高校に入ると「アルバイトも良い経験だからやりたかったらやりなさい」とか「バイクも乗りたいなら気をつけて乗ってね」って本当に手のひらを返すってこの事かってぐらいの違いに「僕は意地悪をされてたのか」と勘違いし「どうせ僕なんていない方が良いんだ」とさらに拗らせて行くのでした。

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