神様が嫌いな人に隠れて団体でやってきた

こんばんは、のむけんです。

 

この世界は自分の心の中が投影されたもの

先日その感覚が腑に落ちたのでその話を書いてみたいと思います。

 

今僕はばんちゃんの心塾に通っています。

その心塾でホオポノポノを習いました。

ホオポノポノっていうのは自分自身に「ありがとね」「ごめんね」「許してね」「愛してるよ」って言う癒し療法みたいなものらしいです。

 

そのホオポノポノの話の中で、あるホオポノポノの達人が極悪の囚人ばかりが集まった刑務所で、その囚人たち一人一人のファイルを見て自分自身に(要は達人が達人自身に)ホオポノポノをしたところ囚人たちが素直になったり出所後の再犯率が下がったという話を聞きました。

達人は囚人たちと話をするわけでもなく、さらに言えば会うこともなかったのに囚人たちが変わったという話でした。

たぶん、その囚人の犯した罪とかを見てざわざわする自分、許せないと思う自分、愛せない自分と向き合って自分自身にホオポノポノをしたんだと思います。

変な話かもしれませんがのむけんは戦争が起こるのも人種差別があるのも全部自分の(のむけんの)責任で問題だって以前から漠然と思っていたのでその話に納得できました。

 

 

で、話は少し変わるのですがばんちゃんの心塾で「あいつに対してこれがムカついた」を書き出してきてという宿題が出されました。

のむけんは何となく母親と向き合いたかったので母に対してムカついたことを書き出しました。

「これがムカついた」を書き出す宿題なので語尾はムカついたにしたのですが、書き出してみるとムカついたというよりも「悲しかった」「寂しかった」の方がしっくりくるのに気が付きました。

翌日書き出したものと感じたことを心塾で発表したところ本当に怒りがないのか、それとも怒りを禁止してるのかどっちなんだろう?とフィードバックをもらいました。

のむけんは「色んなことに不満はあるしむしろ怒りを垂れ流しながら生きてるところがあるので怒りはいっぱいあるんだろうと思います」と答えました。

その怒りこそ出しちゃいけないと思ってるのむけんのダークサイドで、出しちゃいけないと思ってるからのむけんの中にはどす黒いものがいっぱいで、そんな自分を嫌っていることがいまいち自己肯定感が上がらない要因でもあるなーと思いました。

心塾の授業中、話を聞きながらもその怒りは誰に、何に向けられたものなんだろうってずっと考えてました。

授業の終わりごろにそれはのむけん自身に向けられた怒りなのかもって気が付きました。

悲しい、寂しいを伝えてこなかった自分。

寂しいくせに人と関わってこなかった自分。

色んなものを諦めることで生きてきた自分。

自分の力を使ってこなかった自分。

自分を過小評価してきた自分。

自分らしく生きてこなかった自分。

そんな自分にどうしようもなく怒っていたのかもしれません。

そのことに気が付いてどんな自分とも向き合う覚悟ができたのかもしれません。

 

 

 

またまた話が変わりますが、野口嘉則さんの「3つの真実」を通勤中に読んでいました。

この本の中で
「自分の心を映し出したものが人生」
と言うフレーズがあります。

知っててわかってたつもりだったのに、気が付いたらのむけんは自分の心を変えることよりも現実の職場だったり、金銭事情だったり、人間関係だったりを変えようとしてて、でも変えられずに何となくモヤモヤ、イライラしていました。

少し話がそれましたが自分の心を投影したものが自分の人生、ということを3つの真実を読んで思い返しました。

 

 

 

そしてまたまた話は変わりますが、最後にのむけんの今の職場の話です。

今の職場は拠点間で毎日ビデオ会議をします。

のむけんのいる拠点はプロジェクターを使うので部屋の照明を落とした状態で会議をします。

主要なメンバーはプロジェクターを囲んだU字テーブルに座りますが、その他のメンバーはその後ろに立った状態で会議に参加します。

プロジェクターの明かりだけの薄暗い室内。

そこに難しい顔をした主要メンバーと仁王立ちで後ろに立つ20人位のメンバー。

その光景はパッと見、悪の秘密結社のようです。

照明係ののむけんは少し離れた場所から、風邪気味ですこしボンヤリしながらその光景を見ていました。

その時にこの光景が僕の心の内面を投影したものだとハッと気が付きました。

それは何かVRを見ているようでもあり、雲の上にいるようでもあり、薄暗い森の中に妖精が舞い降りてきたような光景でもありました。

プロジェクター(投影機)があったのでそう思いやすかったのかもしれません。

のむけんはひとりひとりの顔を少しじっくりと見ました。

いつも怒っているAさん、物腰は柔らかいけど理詰めで追い詰めてくる時があるBさん、ヒステリーなCさん、淡々としてて感情が読めずとっつきづらいDさん、仕事に前向きだけど少し暑苦しいEさん、愚痴ばかりのFさん。。。。みんなみんな忌み嫌って向き合おうとして来なかった、認めたくなかった、でものむけんの中に確実にいる人たちでした。

「いいかげんそんな自分と向き合いなよ、そんな自分を許しなよ、認めなよ」そんな神様からのメッセージのような気がしまた。

心塾でばんちゃんから「神様は嫌いな人の後ろに隠れてやってくるんだよ」と聞いていたのもあると思います。

そういえば始終これだけ多くの人の中で、しかも関わらざるを得ない職場ってのむけんは初めてでした。

心塾、3つの真実、風邪、今の職場、それぞれが絶妙なタイミングでのむけんの前に現れてきたことを考えるとこれも完璧なプロセスなのかなと思ったし、いい意味で諦めのような気持ちが湧きました。

「向き合うしかないかー」と思いました。

そうやってみんなの顔を見た時に今までのようなみんなに対する漠然とした怖さ、この中にいる居心地の悪さがなくなりました。

前回の投稿でも書いたように「前向きに仕事しよう」って思ったり「みんな仲間なんだな」って思ったりしたこともベースにあったっと思います。

多分この職場が自分自身のダークサイドと向き合う大きなチャンスであり、今まで心の勉強をしてきて自己統一(ここで言う自己統一は自分の中にあるものを自分が認め、それをひっくるめてまるっと自分を受け入れ許し愛すること)する卒業試験のようなものなのかと思いました。

 

瞬時にばんちゃんがホオポノポノの中で話してくれた「くまさんワーク」を思い出しました。

くまさんワークっていうのはくまのぬいぐるみに自分を投影して、くまさんを抱きしめながら「ありがとね」「ごめんね」「許してね」「愛してるよ」とホオポノポノをすることです。

当然のむけんはくまのぬいぐるみは持ってないので休み時間にネットで購入しました。

これからこのくまさんがけんまくんです。あまりはっきりした表情がない方が色んな感情を投影しやすいとのことと、抱きしめた時ある程度大きい方がいいかなと思ってこの子に決めました。

 

まさかこの年になって自分のためにくまのぬいぐるみを買って抱きしめることになろうとは思いもしなかったけど、このくまのぬいぐるみ(けんまくん)に毎晩話しかけて自己統一して行こうと思います。

※何かでのむけんと相部屋になってのむけんがくまさんを抱っこしてるのを目撃しても優しくスルーしてね。決して写真に撮ったりしないでねー




ばんちゃん
阪東 朝康さん
https://www.facebook.com/tomoyasu.bando

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