自信の無さが芽生えた幼少期ののむけん

こんばんは、のむけんです。

僕は48歳なんですが、それはもう悩みだらけの人生で今も悩みは尽きません。

そんな僕が日々何に悩み、何を考え、何を学び、どう成長しようとしているのか、ありのままをご紹介します。

僕は今はそうでもなくなりましたが少し前まで自己肯定感が低く、自分に自身のない人間でした。

まずはそういう自信のない性格になるに至った生い立ちから綴っていこうと思います。

(別に生い立ちのせいでこうなったとか、両親が悪いとかが言いたいのではありません。

ただプロセスとしてご紹介するだけです、念のため)

僕は昭和44年3月に千葉県で産まれました。

僕の父と母は今でいう出来ちゃった結婚です。

なので幼少の頃は生むかどうか迷ったとか橋の下で拾ってきたとかよく言われました。

当時父は定職に就かず母の両親は結婚に猛反対だったと聞いています。

しばらく父の無職は続き、赤ん坊の僕は母乳と父がパチンコで取ってきたミルクで育てられたそうです。

僕の両親(特に父)はかなり物事にこだわりが強く、子育てに対してもよく言えばポリシーが有る、悪く言うと偏見や固執した考えが強い人でした。

僕が覚えてる中で最初の父のこだわりは子供を幼稚園に預けたくない、という事でした。

自分の子供を他人なんかに預けたくない、子供には母親がついていて愛情深く育てるべきだと言う考えのようでした。

なので僕は幼稚園には行っていません。

で、小学校に入ると先生は幼稚園でこれはは幼稚園で習ってるでしょ、って言う前提で話をすることが有るのでついていけない事がよくありました。

(いきなり周りみんながハーモニカの吹き方を知ってるのにはマジビビった!)

で小学校に入ると周りの友達は塾やら習い事に行っていますが、両親はそんなものは必要ないという考えだったので塾も習い事も行ったことはありません。

友達と塾や習い事の話では話が合わないので、会話についていけないことが多かったように思います。

更に学校の授業で使うもので学校の指定が有るもの以外は断固学校の推奨のものは使わず自分たちで調達すると言うポリシーもありました。

例えば習字道具とか絵の具のセットとか、体操服のゼッケンとか、学校推奨のものは使わずどこかで買ってきたものを持たされてました。

だから周りのみんなと持ってるものが違ってなんか浮くし、先生が道具の説明とかしてても僕は微妙に当てはまらないとかよく解らないとかいう事がよくありました。

そういえばランドセルも僕は持ったことありませんでしたね。

あれはカッコ悪いとか何とかで一人普通のカバンで小学校に通っていました。

ものすごく恥ずかしかったのを覚えています。
そんなこんなでなんか自分は人と違う(劣等感)、自分が解らないことで質問すると周りに迷惑かける(罪悪感)、そんな意識が芽生えていったように思います。

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