頑張るのをやめると人間関係も良くなる?

こんばんは、のむけんです。

 

最近のむけんは過剰に自立しないように心がけてて、それは言い換えると頑張らないってことをしています。

黒ちゃんのセミナーの案内でも書いたように頑張らない生き方をする中で自由を感じられるようになって来たからです。

 

ただ昨日ばんちゃんの講座を受けてて頑張らないのもう一つの意味と言うか効能みたいなものに気づいたのでシェアします。

 

それは自分が頑張らないことで周りに罪悪感や苦しさを伝えずに済むんじゃないかってことです。

逆に言うと頑張ることで周りの人に罪悪感や苦しさを伝えているのかもしれません。

のむけんの場合は結婚してるときにまさにそんな感じでした。

のむけんは奥さんを支えなきゃ、収入を増やしてもっと楽させてあげなきゃ、休みの日には家でゴロゴロしてたいけどどこか連れてってあげなきゃ、料理作ったり洗濯を手伝ったり話を聞いてあげたりしなきゃって、結構頑張ってました。

 

奥さんは奥さんで僕が働いてるのに家でゴロゴロしてちゃいけないって言って、毎日掃除して洗濯してお布団干して買い物行って苦手な料理を作って待っていてくれました。

食事のあとは食器やシンクやコンロをきれいにしてからじゃなきゃ寝ちゃいけないってずっと動き回ってました。

 

そうやってお互いに頑張っているお陰でそれなりのお金はあったし、家はいつもきれいで洗濯されたきれいな服がタンスには入っていてお布団はふかふかで帰れば手作りの料理があって一見快適な暮らしでした。

でもお互いに家で気が休まることがなくて僕たちの関係はギスギスしてました。

 

人間なんてどこまで頑張っても所詮不完全なものだと思います。

それが完璧を目指して頑張るんですから何か完璧に見える外装が必要です。

そうして少しでも完璧に見えるように、あるいは攻撃されても防御できるように鎧を着こみます。

すぐに反撃できるように懐に刀を何本も仕込みます。

そんな状態で家に居ても休まらなし、本音の話なんてできません。

「そっちが鎧を脱いだらこっちも脱ぐよ」

「そんなこと言って刺すつもりでしょ!そっちが先に脱いでよ」

そんな意地の張り合いだったように思います。

 

頑張らないって言うのは先に鎧を脱ぐこと、出来ないことは出来ないって降参すること、そして敵意はないよって相手に伝えて不毛な戦いから先に降りるものすごく勇気のある事なんじゃないかって思いました。

でも先に鎧をぬぐってめちゃくちゃ怖いです。

のむけんの場合で言うと休みの日に無理してどこかに行かず家でゴロゴロしてたら「どこか連れてけー!!」って暴れられたに違いありません。

でもそこで無理して遊びに行かないでゆっくり出来て、体力が回復したらもっと笑顔で夜は外食に行けたかもしれません。

実際は無理して出かけて「疲れた」「もう帰ろうよ」「せっかく来てやったのにつまらなそうにしやがって」みたいな態度でいましたし終始険しい顔をしてたと思います。

 

満足はしなかったけどなんだかんだ遊びに連れてってもらったので奥さんは負い目があってまた平日に頑張ります。

そんな悪循環でした。

 

僕が勇気を出して家で休めていたら、「けんまも休んでたから私も休んでいいかー」って「ごめん、夕飯マクドナルドね」ってことになってたかもしれません。(まあ、タイムラグはあるでしょうが。。)

何となくマクドナルドって書いたらマックが食べたくなった(笑)

 

なんか話がそれた気もしますが、頑張らないっていうのは罪悪感を周りに投げ散らかすのをやめて良好な人間関係を作る第一歩でもあるのかな、なんて思いました。

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